法制度の概要

法制度の概要

国際人道法及び国際人権法の違反行為の処罰等に関する法制度について(概要)

一 目的

国際人道法及び国際人権法の違反行為について、その非人道性その他の罪質及びその処罰に係る国際的動向に鑑み、その処罰に係る法制度の整備に関し必要な事項を定めること。

【構成】
 以下二~六において法制度の内容を定め、七においてその整備に当たっての詳細についての検討を義務付ける構成となっている。

二 対象犯罪

  1. ジュネーブ諸条約及び第一追加議定書上の「国際的な武力紛争に係る重大な違反行為」
  2. ジュネーブ諸条約及び第二追加議定書上の「非国際的な武力紛争に係る違反行為」
  3. 国際刑事裁判所に関するローマ規程上の「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」
  4. PKO協力法等により国外に派遣された者が、武器や自動車等の使用や管理に当たって必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合(過失犯)について、国民の国外犯処罰の対象とすること。

【趣旨】
 ⑴~⑶について、国際的にもその処罰が強く求められていることから、特別の犯罪行為として処罰規定を体系的に整備するもの。
 加えて、⑷について、PKO協力法等により国外に派遣された者は、派遣先での実力行使のための装備や権限を有している一方で、地位協定により、公務内であるか否かを問わず派遣先国の刑事裁判権が免除されることになる。特に、これらの者が、過失により人を死傷させた場合については、日本法上も処罰の根拠規定(国外犯処罰規定)がなく、いわば空白状態となっているため、これを整備するもの。

【現行法との違い等】
  政府は、国際人道法違反行為については、そのほとんどが刑法等に含まれているとするが、国際的にもその処罰が強く求められていること、武力紛争状態において主として軍事的な実力組織の構成員によって犯されることが想定されるという特殊性に鑑み、特別の犯罪行為として国際的な標準に則った形で類型化するもの。
 なお、PKOで海外に派遣された自衛官に対する本法の適用を明文で排除するものではない(PKO派遣協力法の想定外の事態が仮に起きた場合)

三 指揮官等の責任等

  1. 部下の二⑴~⑶の犯罪行為を黙認した(犯罪の実行を知りながら、これを防止しなかった)指揮官等(文民の上官を含む。以下同じ。)について、正犯と同様に処罰すること。
  2. 部下の二⑴~⑶の犯罪行為の防止のため必要な監督について相当の注意を怠った指揮官等を処罰すること。
  3. 部下の二⑴~⑶の犯罪行為について、捜査又は訴追のための通報を怠った指揮官等を処罰すること。
  4. 二⑴~⑶の犯罪行為が指揮官等の命令に基づいて行われたものであるときは、その行為者は、当該命令が六②に該当する場合を除き、罰しないこと。

【趣旨】
 軍事的な実力組織としての特性に鑑み、部下の犯罪行為を黙認したり、部下を監督する義務を怠った指揮官等の責任を通常の刑法よりも加重するもの。他方で、命令に従った行為者の責任を問うべきかどうかの基準を、下記六で自衛隊法上定めることとしている。

四 国外犯規定

  1. 二⑴の犯罪行為:刑法第4条の2(条約による国外犯)の例に従うこと。
  2. 二⑵~⑷の犯罪行為:刑法第3条(国民の国外犯)の例に従うこと。

※ 二⑵・⑶の犯罪行為については、当面日本国民による行為を処罰することとし、普遍的管轄権行使の対象としないが、国際人道法・人権法上我が国として看過し得ないものであるから、経済制裁の対象とするための法整備を別途検討することとする。

五 公訴時効の不適用

二⑴~⑶の犯罪行為については、その重大性などに鑑み、公訴時効の対象としないものとすること。

六 自衛官の命令服従義務に関する規定の整備(自衛隊法の一部改正)

「隊員は上官の命令に忠実に従わなければならない」旨を定める自衛隊法57条について、
①上官の命令に重大かつ明白な違法があるときは、これに従う義務がないこと、
②この場合において、当該命令が二⑴~⑶の犯罪の実行を命ずるものであるとき(隊員が当該命令の実施に当たりその旨を認識していたときを含む。)は、当該命令に従ってはならないこと
を明記すること。

【趣旨】
 自衛隊員が上官の命令に従う義務があるのは原則であるが、各種法令違反が明らかであるなど、上官の命令に重大かつ明白な違法があるときは従う義務がないことを明確にする。更に、法令違反の中でも、本法の国際人道法・人権法違反行為を命ずるものであると外形的・客観的に見て判断できるときや、隊員がその命令を実施すれば国際人道法・人権法違反行為を犯すことになるという確定的な事実認識を持っている場合は、当該隊員は命令に従ってはならないこととし、上記三の4でも免責しないこととしている。他方、命令の実行が国際人道法・人権法違反行為に当たるかもしれないという程度の事実認識であれば、上官の命令に従った者は、三の4で免責されることとなる。

七 法整備に当たっての詳細についての検討等

  1. 政府は、二から六までの規定に従った国際人道法及び国際人権法の違反行為の処罰等に関する法制度の整備に当たっての詳細について検討し、その結果を○月以内に国会に報告するとともに、公表するものとすること。
  2. 二から六までの規定に従い、かつ、1の詳細についての検討の結果を踏まえた国際人道法及び国際人権法の違反行為の処罰等に関する法制度の整備については、この法律の施行後○年以内に必要な措置が講ぜられなければならないこと。

八 施行期日

 この法律は、公布の日から施行すること。


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現状の条⽂案

現状の条⽂案

国際人道法及び国際人権法の違反行為の処罰等に関する法制度について(骨子案)

一 目的

この法律は、国際人道法及び国際人権法の違反行為について、その非人道性その他の罪質及びその処罰に係る国際的動向に鑑み、その処罰に係る法制度の整備に関し必要な事項を定めることにより、国際人道法及び国際人権法の的確な実施を確保するとともに、そのための国際的な取組に資することを目的とすること。

  •  国際人道法及び国際人権法の違反行為については、その非人道的性格等に鑑み、国際的にもその処罰の的確な実施のための取組が重ねられてきた。
     1998年に採択された「国際刑事裁判所に関するローマ規程」に合わせて、国際人権法違反行為について包括的な処罰規定を整備する国もあるが、我が国政府は、これらの犯罪行為のほとんどは既存の刑法等に含まれるとして、一部の犯罪行為についてのみの処罰の追加などで対応してきた。
     これに対し、本法は、これらの犯罪行為の処罰について明確な姿勢を示すことは、自衛隊派遣国としての国際的な責任であるとの考え方に立っている。
  •  上記の趣旨から、この法律は、二~六において法制度の内容を定め、七においてその整備に当たっての詳細についての検討を義務付ける構成をとっている。

二 処罰の対象となる犯罪

① ジュネーブ諸条約及び第一追加議定書上の「国際的な武力紛争に係る重大な違反行為」、
② ジュネーブ諸条約及び第二追加議定書上の「非国際的な武力紛争に係る違反行為」、
③ 国際刑事裁判所に関するローマ規程上の「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」
について、処罰の対象とすること(具体的には、3~5頁の表①~③のとおり)。

このほか、④PKO協力法等により国外に派遣された者が、武器や自動車等の使用や管理に当たって必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合について、国民の国外犯処罰の対象とすること。

  •  政府は、①の国際人道法違反行為については、そのほとんどが刑法等に含まれているため、4つの犯罪行為(重要な文化財の破壊、捕虜の送還遅延、占領地域への移送及び文民の出国等の妨げ)についてのみ新たな規定を設けることと、条約による国外犯(刑法第4条の2)の対象とすることで法整備として足りるとする。これに対し、本法では、国際人道法の重大な違反行為は、国際社会全体への脅威としての本質から、国際的にもその処罰が強く求められていること、武力紛争状態において主として軍事的な実力組織の構成員によって犯されることが想定されるという特殊性に鑑み、特別の犯罪行為として国際的な標準に則った形で類型化することがより適切であるとの考え方に立っているところである。
     また、②・③も、条約上、国内法の罰則整備が直ちに求められているわけではないが、上記と同様の趣旨から、法整備をすべきとの考え方に立っているところである。
     さらに、軍事的な実力組織における刑事責任の在り方についての国際的な共通認識に基づき、指揮官等の責任について特別の規定を設けることも本法の重要な柱と考えられる。
  •  PKOで海外に派遣された自衛官に対する本法の適用については、現行憲法との整合性を確保するとの前提の下で整備されているPKO協力法の下では、PKO派遣された自衛隊の部隊が武力紛争の当事者になることが想定されているわけではないため、上記①・②の罰則のPKO派遣部隊への適用を念頭に置いての法整備であるとまでは説明しづらい面もあると考えられる(しかしながら、本法でPKO派遣部隊に対する適用を明文で排除しているわけではないため、PKO協力法が想定していない事態が仮に起きたときに結果的に適用されることまで、否定されているわけではないとも考え得るか。)。
     なお、現行の自衛隊の行動等に関する法制度との整合性を確保した上での本法制度の位置付けとしては、いわゆる有事法制の一環として整備された「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」と同様、我が国が武力攻撃を受けた事態においての適用を想定するという説明となる。

[表]:条約上の違反行為等について(二の①~③関係)

※ 以下は、条約上掲げられた違反行為のリストである。具体的な構成要件の定め方などの詳細項について、七で検討を義務付けている。

① ジュネーブ諸条約及び第一追加議定書上の「重大な違反行為」

条約の規定 「重大な違反行為」の内容
第一条約 50条等 殺人
50条等 拷問、非人道的待遇(生物学的実験を含む)
50条等 身体・健康に対して故意に重い苦痛を与え、又は重大な障害を与えること
50条等 軍事上の必要によって正当化されない不法かつ恣意的な財産の広範な破壊・徴発
第三条約 130条等 捕虜・文民を強制して敵国の軍隊で服務させること
130条等 この条約に定める公正な正式の裁判を受ける権利を奪うこと
13条 捕虜を死に至らしめ、又はその健康に重大な危険を及ぼすこと
第四条約 147条 被保護者を不法に追放・移送・拘禁すること
147条 人質にすること
第一追加議定書 11条 医療上の基準に適合しない医療措置、身体の切断等
85条3 次の行為が、議定書の関連規定に違反して故意に行われ、死亡又は身体・健康に対する重大な障害を引き起こす場合
⒜ 文民たる住民等を攻撃の対象とすること
⒝ 文民又は民用物に対する無差別攻撃
⒞ 危険な力を内蔵する工作物等に対する攻撃
⒟ 無防備地区・非武装地帯を攻撃の対象とすること
⒠ 戦闘外にある者(投降の意図を表明した者等)を攻撃の対象とすること
⒡ 赤十字等の特殊標章等の背信的使用
85条4 次の行為が、諸条約・議定書に違反して故意に行われる場合
⒜ 占領国による占領地域への自国民等の移送
⒝ 捕虜又は文民の送還の不当な遅延
⒞ アパルトヘイトの慣行等
⒟ 特別の保護が与えられた歴史的建造物、芸術品、礼拝所の広範な破壊
⒠ 公正な正式の裁判を受ける権利を奪うこと

② ジュネーブ諸条約及び第二追加議定書上の主な規定

条約の規定 主な規定の内容
第一条約から第四条約まで 共通3条 敵対行為に直接に参加しない者に対する次の行為の禁止
⒜ 生命及び身体に対する暴行、特に、あらゆる種類の殺人、傷害、虐待及び拷問
⒝ 人質
⒞ 個人の尊厳に対する侵害、特に、侮辱的で体面を汚す待遇
⒟ 正規に構成された裁判所で文明国民が不可欠と認めるすべての裁判上の保障を与えるものの裁判によらない判決の言渡及び刑の執行
傷者及び病者の収容・看護
第二追加議定書 4条2 敵対行為に直接参加していない者に対する次の行為の禁止
⒜ 人の生命、健康又は心身の健全性に対する暴力、特に、殺人及び虐待(拷問、身体の切断、あらゆる形態の身体刑等)
⒝ 集団に対する刑罰
⒞ 人質をとる行為
⒟ テロリズムの行為
⒠ 個人の尊厳に対する侵害、特に、侮辱的で体面を汚す待遇、強姦、強制売春及びあらゆる形態のわいせつ行為
⒡ あらゆる形態の奴隷制度及び奴隷取引
⒢ 略奪
⒣ ⒜から⒢までの行為を行うとの脅迫
4条3 児童に対する特別の保護
5条 武力紛争に関係する理由で自由を奪われた者の扱い
6条 武力紛争に関係する犯罪を訴追・処罰する際の諸原則
7条 傷病者・難船者の尊重・保護
8条 傷病者・難船者等の捜索・収容等
9条 医療要員・宗教要員の尊重・保護
10条 医療活動の保護
11条 医療組織・医療用輸送手段の保護
12条 特殊標章の使用・尊重
13条 軍事行動から生ずる危険からの文民の一般的保護、攻撃の禁止
14条 文民たる住民の生存に不可欠な物の保護
15条 危険な力を内蔵する工作物等(ダム、堤防、原子力発電所)の保護
16条 文化財及び礼拝所の保護
17条 文民の強制的移動の禁止
18条 救済団体及び救済活動の保障

③ ローマ規程上の「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」

条約の規定 「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」の内容
ローマ規程 6条(集団殺害犯罪) 国民的、民族的、人種的又は宗教的な集団の全部又は一部に対し、その集団自体を破壊する意図をもって行う次の行為
⒜ 当該集団の構成員を殺害すること
⒝ 当該集団の構成員の身体又は精神に重大な害を与えること
⒞ 当該集団に対し、身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に課すること
⒟ 当該集団内部の出生を妨げることを意図する措置
⒠ 当該集団の児童を他の集団に強制的に移すこと
7条(人道に対する罪) 文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次の行為
⒜ 殺人
⒝ 絶滅させる行為
⒞ 奴隷化すること
⒟ 住民の追放又は強制移送
⒠ 国際法の基本的な基本的な規則に違反する拘禁その他の身体的な自由の著しい剥奪
⒡ 拷問
⒢ 強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力
⒣ 政治的、人種的、国民的、民族的、文化的又は宗教的な理由、性に係る理由その他国際法の下で許容されないことが普遍的に認められている理由に基づく特定の集団等に対する迫害
⒤ 人の強制失踪
⒥ アパルトヘイト犯罪
⒦ その他の同様の性質を有する非人道的な行為であって、身体・心身の健康に対して故意に重い苦痛・障害を与えるもの
8条(戦争犯罪) ジュネーヴ諸条約に対する重大な違反行為(①の第一条約、第三条約及び第四条約違反行為と同様)
確立された国際法の枠組みにおいて国際的な武力紛争の際に適用される法規及び慣例に対するその他の著しい違反(①のジュネーヴ諸条約及び第一追加議定書違反行為と同様のもののほか、次の行為)
⒜ 助命しないことを宣言すること
⒝ 毒物等を使用すること
⒞ 窒息性ガス等を使用すること
⒟ 人体内において容易に展開し、又は扁平となる弾丸を使用すること
⒠ 性質上過度の傷害若しくは無用の苦痛を与え、又は本質的に無差別な兵器等を用いること
⒡ 個人の尊厳を侵害すること
⒢ 強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力
⒣ 文民等の存在を、特定の地点・地域又は軍隊が軍事行動の対象とならないようにするために利用すること
⒤ 特殊標章を使用している建物、物品等を故意に攻撃すること
⒥ 文民からその生存に不可欠な物品を剥奪することによって生ずる飢餓の状態を故意に利用すること
⒦ 15歳未満の児童を自国の軍隊に強制的に徴集すること等
国際的性質を有しない武力紛争の場合には、ジュネーヴ諸条約共通第3条に規定する著しい違反(敵対行為に直接に参加しない者に対する次の行為)
⒜ 生命及び身体に対し害を加えること
⒝ 個人の尊厳を侵害すること
⒞ 人質をとること
⒟ 正規の裁判所の判決によることなく刑の言渡し・執行を行うこと
確立された国際法の枠組みにおいて国際的性質を有しない武力紛争の際に適用される法規及び慣例に対するその他の著しい違反(①のジュネーヴ諸条約及び第一追加議定書違反行為と同様の一部のもののほか、次の行為)
⒜ 特殊標章を使用している建物、物品等を故意に攻撃すること
⒝ 強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力
⒞ 15歳未満の児童を自国の軍隊に強制的に徴集すること等

2 犯罪行為の防止についての監督義務の懈怠

  1.  1に定めるもののほか、自己の部下が上記二①から③までの犯罪を実行することを知り得たにもかかわらず、その防止のため必要な部下の監督について相当の注意を怠った指揮官は、その部下が当該①から③までの犯罪を【実行したとき/実行に着手したとき】は、これを処罰すること。
  2.  1に定めるもののほか、自己の部下が上記二①から③までの犯罪を実行することを容易に知り得たにもかかわらず、その防止のため必要な部下の監督について相当の注意を怠った文民の上官は、その部下が当該①から③までの犯罪を【実行したとき/実行に着手したとき】は、これを処罰すること。

3 犯罪行為の通報の懈怠

 指揮官又は文民の上官が、自己の部下が行った上記二①から③までの犯罪に係る行為について、捜査又は訴追を所管する当局に対して遅滞なく通知することを怠ったときは、これを処罰すること。

  •  2は、ドイツ「国際刑法典」第14条の規定を参考に、ローマ規程第28条の上官責任のうち、「部下の犯罪を知る理由があったにもかかわらず」「犯罪を防止しなかった」類型について、3は、同国「国際刑法典」第15条の規定を参考に、当該上官責任のうち、「部下の犯罪を知っていたにもかかわらず」「行為者を処罰しなかった」類型について、上官の不作為それ自体を独立した犯罪として規定したものである。
  •  2の犯罪行為の防止についての監督義務の懈怠の要件について、ドイツ「国際刑法典」においては、軍の指揮官については、部下の違法行為を「認識可能」であったこととされる一方、文民の上官については、「容易に認識可能」であったこととされており、本法においても同様の構成としている。なお、この点に関し、ローマ規程第28条においては、軍の指揮官については、部下の違法行為を「その時における状況によって知っているべきであったこと」とされる一方、文民の上官については、部下の違法行為を「明らかに示す情報を意識的に無視したこと」とされている。
  •  1と比較すれば、2・3は、上記二①から③までの犯罪実行行為との関連が薄いと言わざるを得ないため、具体的な法定刑については、二①から③までの法定刑よりも低くならざるを得ないと思われる。zなお、部下による犯罪の実行(の着手)が必要であることは、共犯としての従属性によるのではなく、処罰条件として規定している。

4 命令に基づく行為

 上記二①から③までの犯罪が指揮官又は文民の上官の命令に基づいて行われたものであるときは、当該命令が六⑵に該当する場合を除き、罰しないこと。

  •  上官の命令に従って犯罪行為を行った部下の責任について、ドイツ「国際刑法典」第3条の規定を参考にしたものである。六⑵で、国際人道法違反行為等を命ずる上官の命令に従わないことを義務付けているので、部下の責任もこれに連動する形で規定してみたものである。

四 国外犯規定

  1. 上記二の①(これに係る上記三の1から3までの行為を含む。)については、刑法第4条の2(条約による国外犯)の例に従うこととすること。
  2. 上記二の②及び③(これに係る上記三の1から3までの行為を含む。)については、刑法第3条(国民の国外犯)の例に従うこととすること。
    (なお、上記二の④を「国民の国外犯」の対象にすることについては、二で述べたとおり。)。
  •  上記①のジュネーブ諸条約及び第一追加議定書上の「国際的な武力紛争に係る重大な違反行為」については、条約上、犯罪者の国籍や行為地を問わず、我が国が紛争当事国でないときも含めて、全ての場合に自国の刑事法を適用することを求めていると解されることから、刑法第4条の2(条約による国外犯)の例に従い、日本国民、外国人を問わず、国外で犯罪を行った全ての者を処罰することとしている。
     他方、上記②・③の対象犯罪(ジュネーブ諸条約及び第二追加議定書上の「非国際的な武力紛争に係る違反行為」、国際刑事裁判所に関するローマ規程上の「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」並びに「過失犯」)については、国際法上、これらの犯罪について普遍的管轄権を行使できるようにすることについては国際的に議論もあることから、当面は、刑法第3条(国民の国外犯)の例に従い、国外で犯罪を行った日本国民を処罰することとしている。

五 公訴時効の不適用

上記二の犯罪(上記三の1から3までに係るものを含み、二の④を除く。)について、公訴時効の対象としないものとすること。

  •  我が国は、「戦争犯罪及び人道に対する罪に対する時効不適用に関する条約」(1968年採択)に加入していないが、条約採択当時においては、不加入の理由として、「過去にさかのぼり時効の適用を撤廃することは憲法39条に反する疑いがあること、また犯罪の定義が不明確である」ことが挙げられていた。
     しかし、⑴2010年に、人を死亡させた罪であって死刑に当たるものについては公訴時効制度が撤廃されており、その際政府は、公訴時効制度の趣旨である「処罰の必要性」と「法的安定性」のうち、前者の比重を重くするものであり、憲法39条(行為者の予測可能性を保障するために事後的な立法による遡及処罰を禁止)に違反するものではないと説明していること、また、⑵今回の立法措置により対象犯罪の範囲が法律上明示されることになることなどを踏まえ、国際法上の重大な違反行為である対象犯罪について公訴時効の対象としないこととしている。
  •  公訴時効の撤廃は、対象犯罪の非人道性及び国際的動向を踏まえた措置であるが、上記二の④については、ローマ規程の中核犯罪とは罪質が異なると考えられるため、公訴時効撤廃の対象としていない。

六 自衛官の命令服従義務に関する規定の整備(自衛隊法の一部改正)

自衛隊法の一部を改正し、隊員は上官の命令に忠実に従わなければならない旨を定める自衛隊法第57条について、

  1. 当該命令に重大かつ明白な違法があるときは、この限りでない(従う義務がない)こと、
  2. この場合において、当該命令が上記二①から③までの犯罪の実行を命ずるものであるとき(隊員が当該命令の実施に当たりその旨を認識していたときを含む。)は、当該命令に従ってはならないこと

を明記すること。

  •  自衛隊法第57条においては、「隊員は、その職務の遂行に当つては、上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない」ことが定められている。この場合の「職務上の命令」について、一般的には、命令は適法なものでなければならず、命令に明白かつ重大な違法があると認められる場合には、当該命令は無効であり、これに服従する義務はないとされており(田村重信編『新・防衛法制』(内外出版、2018年)661頁)、また、政府答弁においては、観念的に違法な命令に隊員が従う義務はないが、命令が違法であるかどうかは難しい問題であり、また、上官の命令が客観的に明白に違法であるというような場合は別として、その他は適法な命令と一応推定されるとされている(第71回国会参議院内閣委員会会議録第30号(昭和48年9月19日)10頁及び第72回国会衆議院内閣委員会議録第17号(昭和49年4月2日)24-25頁参照)。
     また、地方公務員である警察官については、地方公務員法第32条において、「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」こととされ、その職務命令が有効に成立するための要件の一つとして、「法律上の不能」を命ずるもの(犯罪行為を行う命令などのように、法律が禁止していることを命ずること等)ではないことが挙げられると解されている。また、職務命令に対する部下の審査権に関し、職務命令が当然無効である場合、すなわち、職務命令に重大かつ明白な瑕疵がある場合には、部下はこれに従う義務はなく、例えば、職務専念義務(同法第35条)違反の職務放棄命令、政治的行為の制限(同法第36条)違反の特定の公職候補者のための選挙運動命令、庁用自動車の速度制限超過の運転命令等については、部下はこれに従う義務がないだけでなく、そのような命令に従ってはならないとされている(橋本勇『新版 逐条地方公務員法<第4次改訂版>』(学陽書房、2016年)667-668頁)。
     本規定は、上記のような解釈を前提に、ローマ規程第33条2の規定も参考にしつつ、上官の命令に重大かつ明白な違法があるときは、これに従う義務がないこととするとともに、当該命令が上記二①から③までの犯罪の実行を命ずるものであるとき(隊員が当該命令の実施に当たりその旨を認識していたときを含む。)は、当該命令に従ってはならないことを明記するものである。

七 法整備に当たっての詳細についての検討等

  1.  政府は、二から六までの規定に従った国際人道法及び国際人権法の違反行為の処罰等に関する法制度の整備に当たっての詳細について検討し、その結果を○月以内に国会に報告するとともに、公表するものとすること。
  2.  二から六までの規定に従い、かつ、1の詳細についての検討の結果を踏まえた国際人道法及び国際人権法の違反行為の処罰等に関する法制度の整備については、この法律の施行後○年以内に必要な措置が講ぜられなければならないこと。

八 施行期日

この法律は、公布の日から施行すること。


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国際人道法等での重大な違法行為と刑法

国際人道法等での重大な違法行為と刑法

条約上「重大な違反行為」とされている行為等について

⑴ ジュネーブ諸条約及び第一追加議定書上の「重大な違反行為」

条約の規定 「重大な違反行為」の内容 刑法等上の該当犯罪・法定刑 新法における構成要件 新法における法定刑
第一条約 50条等 殺人 殺人(死刑又は無期・5年以上の懲役)
50条等 拷問、非人道的待遇(生物学的実験を含む) 逮捕監禁(3月以上7年以下の懲役)、傷害(15年以下の懲役又は50万円以下の罰金)、傷害致死(3年以上の有期懲役)、殺人未遂(殺人と同様)、強制性交等(5年以上の有期懲役)、強要(3年以下の懲役)等
50条等 身体・健康に対して故意に重い苦痛を与え、又は重大な障害を与えること 傷害、傷害致死等
50条等 軍事上の必要によって正当化されない不法かつ恣意的な財産の広範な破壊・徴発 建造物等損壊(5年以下の懲役)、器物損壊(3年以下の懲役又は30万円以下の罰金・科料)、強盗(5年以上の有期懲役)、恐喝(10年以下の懲役)等
第三条約 130条等 捕虜・文民を強制して敵国の軍隊で服務させること 逮捕監禁、強要等
130条等 この条約に定める公正な正式の裁判を受ける権利を奪うこと 殺人、逮捕監禁等
13条 捕虜を死に至らしめ、又はその健康に重大な危険を及ぼすこと 殺人、殺人未遂、傷害、傷害致死等
第四条約 147条 被保護者を不法に追放・移送・拘禁すること 逮捕監禁、強要等
147条 人質にすること 強要、人質強要(6月以上10年以下の懲役)等
第一追加議定書 11条 医療上の基準に適合しない医療措置、身体の切断等 殺人、殺人未遂、傷害、傷害致死等
85条3 次の行為が、議定書の関連規定に違反して故意に行われ、死亡又は身体・健康に対する重大な障害を引き起こす場合 殺人、殺人未遂、傷害、傷害致死等
⒜ 文民たる住民等を攻撃の対象とすること
⒝ 文民又は民用物に対する無差別攻撃
⒞ 危険な力を内蔵する工作物等に対する攻撃
⒟ 無防備地区・非武装地帯を攻撃の対象とすること
⒠ 戦闘外にある者(投降の意図を表明した者等)を攻撃の対象とすること
⒡ 赤十字等の特殊標章等の背信的使用
85条4 次の行為が、諸条約・議定書に違反して故意に行われる場合
⒜ 占領国による占領地域への自国民等の移送 占領地域への移送(5年以下の懲役) ⒟一に掲げる事態において、占領に関する措置の一環として占領地域に入植させる目的で、当該国の国籍を有する者又は当該国の領域内に住所若しくは居所を有する者を当該占領地域に移送 5年以下の懲役
⒝ 捕虜又は文民の送還の不当な遅延 捕虜の送還遅延(5年以下の懲役)、文民の出国等の妨げ(3年以下の懲役) ・捕虜の送還に関する権限を有する者が、捕虜の抑留の原因となった武力紛争が終了した場合において、正当な理由がないのに、当該武力紛争の相手国への捕虜の送還を遅延(送還に適する状態にある傷病捕虜の送還地への送還を遅延させたときも同様)
※「捕虜」…次のイ又はロに掲げる者であって、第三条約及び第一追加議定書において捕虜として取り扱われるもの
 イ 第三条約第4条に規定する者
 ロ 第一追加議定書第44条1に規定する者(同条2から4までの規定により捕虜となる権利を失う者を除く。)
※「傷病捕虜」…捕虜であって、第三条約第110条第1項(1)から(3)までに該当する者・出国の管理に関する権限を有する者が、正当な理由がないのに文民の出国を妨げること(占領地域からの出域の管理に関する権限を有する者が、正当な理由がないのに、文民(被占領国の国籍を有する者を除く。)の占領地域からの出域を妨げたときも同様)
※「文民」…次のイ又はロに掲げる者であって、第四条約及び第一追加議定書において被保護者として取り扱われるもの
 イ 第四条約第4条第1項に規定する者(同条第2項及び第4項の規定により被保護者と認められない者を除く。)
 ロ 第一追加議定書第73条に規定する者
・5年以下の懲役


・3年以下の懲役
⒞ アパルトヘイトの慣行等 傷害、傷害致死、殺人未遂、強制性交等、強要等
⒟ 特別の保護が与えられた歴史的建造物、芸術品、礼拝所の広範な破壊 重要な文化財の破壊(7年以下の懲役) 次に掲げる事態又は武力紛争において、正当な理由がないのに、その戦闘行為として、歴史的記念物、芸術品又は礼拝所のうち、重要な文化財として政令で定めるものを破壊 一 第一追加議定書第一条3に規定する事態であって、次のイ又はロに掲げるもの  イ 第一追加議定書の締約国間におけるもの  ロ 第一追加議定書第96条2の規定により第一追加議定書の規定を受諾し、かつ、適用する第一追加議定書の非締約国と第一追加議定書の締約国との間におけるもの 二 第一追加議定書第一条4に規定する武力紛争(第一追加議定書第96条3の規定により寄託者にあてた宣言が受領された後のものに限る。) 7年以下の懲役
⒠ 公正な正式の裁判を受ける権利を奪うこと 殺人、逮捕監禁等

⑵ ローマ規程上の「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」

条約の規定 「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」の内容 刑法等上の該当犯罪・法定刑 新法における構成要件 新法における法定刑
ローマ規程 6条(集団殺害犯罪) 国民的、民族的、人種的又は宗教的な集団の全部又は一部に対し、その集団自体を破壊する意図をもって行う次の行為
⒜ 当該集団の構成員を殺害すること
⒝ 当該集団の構成員の身体又は精神に重大な害を与えること
⒞ 当該集団に対し、身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に課すること
⒟ 当該集団内部の出生を妨げることを意図する措置
⒠ 当該集団の児童を他の集団に強制的に移すこと
7条(人道に対する罪) 文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次の行為
⒜ 殺人
⒝ 絶滅させる行為
⒞ 奴隷化すること
⒟ 住民の追放又は強制移送
⒠ 国際法の基本的な基本的な規則に違反する拘禁その他の身体的な自由の著しい剥奪
⒡ 拷問
⒢ 強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力
⒣ 政治的、人種的、国民的、民族的、文化的又は宗教的な理由、性に係る理由その他国際法の下で許容されないことが普遍的に認められている理由に基づく特定の集団等に対する迫害
⒤ 人の強制失踪
⒥ アパルトヘイト犯罪
⒦ その他の同様の性質を有する非人道的な行為であって、身体・心身の健康に対して故意に重い苦痛・障害を与えるもの
8条(戦争犯罪) ジュネーヴ諸条約に対する重大な違反行為(⑴の第一条約、第三条約及び第四条約違反行為と同様)
確立された国際法の枠組みにおいて国際的な武力紛争の際に適用される法規及び慣例に対するその他の著しい違反(⑴のジュネーヴ諸条約及び第一追加議定書違反行為と同様のもののほか、次の行為)
⒜ 助命しないことを宣言すること
⒝ 毒物等を使用すること
⒞ 窒息性ガス等を使用すること
⒟ 人体内において容易に展開し、又は扁平となる弾丸を使用すること
⒠ 性質上過度の傷害若しくは無用の苦痛を与え、又は本質的に無差別な兵器等を用いること
⒡ 個人の尊厳を侵害すること
⒢ 強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力
⒣ 文民等の存在を、特定の地点・地域又は軍隊が軍事行動の対象とならないようにするために利用すること
⒤ 特殊標章を使用している建物、物品等を故意に攻撃すること
⒥ 文民からその生存に不可欠な物品を剥奪することによって生ずる飢餓の状態を故意に利用すること
⒦ 15歳未満の児童を自国の軍隊に強制的に徴集すること等
国際的性質を有しない武力紛争の場合には、ジュネーヴ諸条約共通第3条に規定する著しい違反(敵対行為に直接に参加しない者に対する次の行為)
⒜ 生命及び身体に対し害を加えること
⒝ 個人の尊厳を侵害すること
⒞ 人質をとること
⒟ 正規の裁判所の判決によることなく刑の言渡し・執行を行うこと
確立された国際法の枠組みにおいて国際的性質を有しない武力紛争の際に適用される法規及び慣例に対するその他の著しい違反(⑴のジュネーヴ諸条約及び第一追加議定書違反行為と同様の一部のもののほか、次の行為)
⒜ 特殊標章を使用している建物、物品等を故意に攻撃すること
⒝ 強姦、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力
⒞ 15歳未満の児童を自国の軍隊に強制的に徴集すること等

PDFをダウンロード|条約上「重大な違反行為」とされている行為等について
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この会で紹介された慶応大学のフィリップ・オステン教授のメッセージは こちら(別ウインドウが開きます)からご覧になれます。


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国際刑事法典の制定を
国会に求める会

伊勢﨑 賢治(代表:東京外国語大学教授)
倉持 麟太郎(弁護士)
水上 貴央(弁護士)
山尾 志桜里(衆議院議員)
松竹 伸幸(事務局長:自衛隊を活かす会)
http://kokusaikeijihou.org/